コウノトリブログ

元飼育員のコウノトリブログ⑮ 多摩動物公園 韓国から有精卵を導入、そして繁殖成功 日本初の快挙!!  【思い出】多摩動物公園

今年2月1日・2日の両日、で東京都立多摩動物公園(以下 多摩動物公園)で開催された「コウノトリまつり」へ参加した際、是非お話を聞きたい方がいました。。
2024年5月に韓国から導入した有精卵から、6月にふ化したコウノトリに関して、卵の輸送と繁殖を担当された飼育展示課の川鍋さんです。
日本初となる外国からの有精卵の導入、そして繁殖成功までは、大変苦労が多かったと思います。川鍋さんとは、多摩動物公園から有精卵を譲り受ける際、一緒に輸送したことがあり、気心の知れた方です。
川鍋さんから気さくに苦労話などを伺うことができました。

2022年5月12日 川鍋さんと多摩動物公園から譲受けた有精卵を輸送 右奥:川鍋さん

今回の韓国からの有精卵導入は、多摩動物公園と韓国教員大学コウノトリ生態研究院との間で2020220日に締結された「ナベコウおよびコウノトリの保全に関する了解覚書」に基づいて行われました

なぜ日本初の快挙
これまでに外国からコウノトリの個体の譲受け・譲渡し、また、外国への有精卵の譲渡し(1999年、2000年 多摩動物公園から韓国の譲渡)の前例はありますが、外国から日本へコウノトリの有精卵を譲り受けるのは、今回が初めてのことです。
外国からコウノトリの有精卵を導入するには、それぞれの国の関係省庁から輸出入や譲受け・譲渡しの許可等を得る必要があり、手続きのハードルが高く時間を要します。
近年は、高病原性鳥インフルエンザの発生の影響で、以前より輸入が難しくなっている点もあります。
また、輸送では航空機を使いますが、携帯ふ卵器(1)を機内に持ち込む必要があり、航空会社との調整も必要となります。

《注1:携帯ふ卵器》
発育している卵を運ぶ特殊な機械((株)昭和フランキ製のふ卵器)。卵の発育条件に合った温度で運ぶことができます。給電は、AC電源(100Vコンセント)とDC電源(バッテリー)で可能です。中国からトキの有精卵を導入するために開発されましたが、有精卵での導入はありませんでした。

携帯ふ卵器と航空機内に持ち込んだ時の様子 

なぜ外国から有精卵を導入するの?
コウノトリを個体群として維持管理をする上で重要なことがいくつかあります。①コウノトリを健康に飼育すること ②伝染病などの病気から守ること ③遺伝的多様性を維持することが必要です。遺伝的多様性を維持するためには、多様な家系(血統)のペアからバランスよく繁殖させ、できるだけ個体群に多様な遺伝子を残すことが必要です。
しかし、国内で飼育しているコウノトリだけで繁殖した場合、必ずしもすべての遺伝子が子に受け継がれるわけではなく、また、新たな遺伝子が増える(変異)ことも殆どないため、遺伝子の種類が少しずつ減少します。そのため、他から(外国)新たな遺伝子が加わらなければ、遺伝子の多様性は少しずつ失われていきます。遺伝的多様性を維持するためには、ハードルが高くても、外国からの新たな遺伝子の導入が重要となります。 

なぜ卵で譲り受けるの?
個体の輸送は専門業者が運搬するなど大掛かりで経費も高くなります。施設に入ってから検疫等が必要になる場合もあり容易ではありません。
卵の場合は、温度等の管理は大変ですが、運搬は比較的容易で輸送経費も抑えられます。また、卵は小さいことから、一度に多くを運搬することが可能です。

今回持ち帰った有精卵を多摩動物公園の飼育ペアに托卵している作業風景とふ化したヒナ(2日目)の様子
ふ化後17日目と50日目のヒナの様子 

今回の輸送は、多摩動物公園から2名の職員が出向かれました。
韓国教員大学コウノトリ生態研究院を朝6時に出発され、多摩動物公園には、午後3時過ぎに到着、約9時間の長旅となったようです。
今回の計画では、4個以上の有精卵を輸送する予定でしたが、検卵の結果、有精卵であった2個だけを持ち帰られました。また、孵化しなかった有精卵は、発育して間もなく輸送に適さない卵(卵内の血管等が細く輸送時の衝撃に弱い)でしたが、卵の数が予定より少なかったことから、急遽一緒に輸送されました。
私も経験ありますが、有精卵を譲り受けても無事にふ化するかわかりません。ふ化直前に中止卵になることもあり、他施設から導入する場合は、複数個の有精卵を譲り受けます。担当者としては、生れてくるヒナの顔を見るまでは、大変なプレッシャーがかかります。
譲り受けた有精卵は予定より数が少ないなか、無事ふ化・巣立ちに至ったことは、初めての試みで日本、韓国の両国から注目されている事業で、川鍋さんをはじめ関係者の方のプレッシャーはとても大きかったと思います。
今回の有精卵導入の成功は、単に新たな遺伝子の導入ができただけでなく、国の許可方法や航空会社との調整など輸送に対するハードルを下げ、新たな遺伝子の導入方法の道筋をつくられたことで、大変大きな成果と考えます。

大変気苦労の多かった今回の“ミッション”について、川鍋さんから以下のようなコメントが届きました。
「今回の有精卵輸送は、携帯ふ卵器の電力確保と有精卵の振動に大変気を使いました。電力に関しては、用意していたバッテリーが放電してしまい、使用できないものが発生したこともあり、バッテリーの使用を節約のため、隙あらばAC電源(100Vコンセントの電源)を使用するためコンセントを探していました。有精卵の振動(2)に関しては、想定していなかった初期発生と思われる有精卵があり、これまで経験した輸送以上に気を使いました。特に、航空機の離発着時は、航空機の振動が大きく、タイミングに合わせて携帯ふ卵器を少し浮かせる様にしていました。また、韓国教員大学での検卵は、園で使うような検卵器がなく懐中電灯を代用して検卵を行いました。検卵の結果に誤りがあってはならないため、技術的にも精神的にも苦労しました」

コウノトリの野生復帰は、前例のない仕事で道を切り開くことが多く、やりがいと同じくらいにプレッシャーもあります。今回のような話を聞くと、ワクワク、ドキドキする現場での緊張感が懐かしく感じます。
《注2:有精卵の輸送で振動に注意する理由》
発育卵は、細い血管等が卵の中にでき成長します。衝撃を与えると卵内の血管等が切れて中止卵になることがあります。輸送の際は、衝撃を与えないように十分に気配りする必要があります。

検卵の様子と韓国の空港内のAC電源で携帯ふ卵器に給電している様子

【思い出】 多摩動物公園
私は1991年にコウノトリの飼育員として豊岡市役所へ入庁しました。
当時の上司であった松島興治郎さんが、「勉強のため東京の多摩動物公園に行くとよい」と言われ、初めて出張に出かけた動物園です。
そこで、鳥(特に繁殖)のスペシャリストである杉田さん(当時の所属は保全センター)にお会いし、お話を伺うことができました。
杉田さんの話は、長年培われた裏付けのある技術や視点での話で、ワクワクしながらお聞きしました。擬卵を使った繁殖の管理方法は、杉田さんが他の鳥でされている技術を持ち帰り、コウノトリで活用した事例の一つです。
先日コウノトリまつりで杉田さんと数年ぶりにお会いすることができ、昔話に花が咲き楽しいひと時を過ごすことができました。コウノトリの野生復帰は、前例のない事業でわからないことだらけ。そのような時、多摩動物公園へ伺うと、皆さんから知恵と元気を頂いて帰ることができました。
心から感謝いたします。

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